病院出産の措置の安全性は限界がある、産科医療の現状と問題点


今回のテーマは、

病院出産の措置の安全性は限界
がある、産科医療の現状と問題点

について紹介します。

さてこれまで、

病院出産におけるもろもろ
の主だった処置について

その現状の問題点や弊害に
ついて検討してきました。

もちろんこの他にも
細かい問題点はありますが、

それは今後、機会があれば
紹介していきたいと思いますが、

まずはとにかく抑えておかねば

直ちに母子に影響が出る
テーマに絞って紹介しました。

これまでの措置を知った今、
あなたはどう感じたでしょうか?

何かしら大きなショックを
受けたのではないでしょうか。

私も始めはそうでした。

それまで常識として信じられている
事に普通は疑問を持つ事はありません。

しかし、よくよく調べてみると、

病院で常套的に行われている
処置の多くは、

不要であるばかりでなく
有害なものと判断されます。

つまり、現代の妊婦のほとんどが
常識として選択する
(他に選択肢を知らない)

産科医療の処置の多くは
不適切と言わねばなりません。

この事は、

現場で働く医療者たちにはなかなか
理解できない事かもしれません。

病院内部にいてはなかなか
客観的に見る事が難しいです。

その有効性を日々実感している
処置も少なくないでしょう。

しかし、、

より広い視野に立ってみれば、

その実感は根本的に修正される
べきでしょう。

医者や助産師の中にも
こうした現状に疑問を持ち

勇気を持って異を唱える
方も増えてきました。

しかし、システムは容易くは
変わりません。

大きな利権と権力がうごめく
病院ビジネスのシステムは

そう簡単には変わらないのです。

だから私たち患者側がもっと
賢くなるしかありません。

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病院出産のリスクとリターン

再三このサイトで紹介してきた
マインドセットの一つが

「病院側メリットは妊婦側のデメリット」

というものです。

逆の立場で考えてみると
色々な事が見えてくるのです。

例えば、

分娩監視装置の使用ですが、

医師や助産師にとっては、

この装置の便利さはかけがえの
ないものでしょう。

しかし、重要なのは「便利さ」
よりむしろ、

あくまで母児にとっての「有益さ」
でしょう。

ミシェル・オダンは
以下のように指摘しています。

「基本的事実として大事なのは、

分娩監視装置というのは胎児仮死に
結びつくケースを瞬時に検出する
優れものですが、

それ自体もまた胎児仮死の一因
となるので、

結果としてこの装置の使用はリスクの
方が利益を上回ってしまうという事です。」

これは、産科医療全体の
(むしろ病院医療全体の)

縮図とも言えるでしょう。

諸々の医療処置は、

一見有効なように見えても、
実は結果的には

「リスクの方が利益を上回ってしまう」

のです。

病院の措置の安全性は限界がある

産科の処置の大部分が非科学的
である事は、

WHO(世界保健機構)も認めて
いるところです。

WHO顧問のM・ワグナーさんが言うには、

事実は以下のごとくだそうです。

「産科診療で有効だと科学的に
立証されている物は、

全体の10%に過ぎません。

90%は有効かどうか分からないのです。」

ここに示される見解は、

一般の常識的な人々にとっては
かなりショッキングなものでしょう。

安全性には限界があります。

しかし自然なお産という観点から見れば、

この意見ですらかなり甘い
ジャッジと考えています。

10%もの処置の有効性が科学的に
立証されていると言い切る事は、

極めて困難です。

科学上の証明などそう簡単に
できるものではありません。

厳密に言えば完全な証明というのは
不可能です。

とりわけ人体に関する医学に
おける立証など、

方法論的にもかなりいい加減なものです。

ましてや合理的に有効な手段も
用いられているとは到底言えません。

医学上の有効という概念は、

極めて短絡的であって、
対処療法にすぎないのです。

医療の世界から見た有効性があるにせよ、

本当に患者の為になっているかどうかは、
はなはだ疑問と言わざるを得ません。

安全性がしっかり検証されているか
どうか分からないままシステムは
できあがっているのです。

データや科学や数学で、
生命が生まれる訳ではありません。

しかし私たち人間には、

太古の昔から歴史を通じ培ってきた
「経験」という知恵があります。

自宅出産ではその教えを
律儀に守るだけです。

人類が本来持つお産の
流れを自然に進めるだけです。

それの何が

非科学的なのでしょうか?
危険なのでしょうか?
非合理的なのでしょうか?

病院出産が必要なケースとは?

科学的な根拠が出ないのであれば
少しでも母子にとってメリットのある
お産の形を考えるべきです。

しかし、、

世界はまるで切り離されたように、

病院の意見=唯一の善であり正解である、

となってしまっています。

本当に患者の為になっているか
どうかを判定する為には、

病院の中だけでの研究では不十分です。

病院以外の場所でのお産の実態をも
視野に入れなければならないはずです。

ところが実際には、

そのような厳密な研究は世界中で
一件もなされていないのです。

(※もっとも、そんな研究をすれば、

病院医療の無力さが明確になるだけで、

医学者は自分で自分の首を絞めて
しまう事になる訳ですが…)

そのうえ、仮に10%が正解だとしても、

それはあくまで論文の上での事に
過ぎません。

どの処置も、

現実にはそれぞれの処置に完全に相応しい

TPO(時と場と目的)を得て、

初めて有効性を持ちうるものです。

TPOを外れた処置はすべて、

効能よりも被害の方がまさって
しまうのです。

だからこのサイトでも病院出産の
すべてを否定している訳ではありません。

母体に異常がある場合は
病院での措置が必要でしょう。

母体の健康レベルによっては、
医学的介入も必要でしょう。

実際に、そもそも産科医療の大部分は、

本来、異常出産における救急処置
として導入されたものです。

しかしなぜか現代では、

それが一般に転用され、
スタンダードになってしまいました。

まるで一般医療の治療と予防が
一緒くたにされてしまったように、

お産=病理

となり、医者の介入が必要
となってしまったわけです。

異常なケースの措置を通常の産婦や
赤ちゃんに常習的に適用するから、

結果的に弊害を多くあたえ
被害を増やしてしまうのです。

こうしてみると、

先ほどのワグナー博士の言葉も、

「産科診療の90%以上は
不適切と考えられる」

と言い換えた方が現実的でしょう。

産科医療の現状と問題点

病院では、不適切である可能性の
高い処置を安易に施す事によって、

産婦と赤ちゃんに不要な
ダメージを与えてしまいます。

そしてそのダメージに対処する為に、

さらに不適切である可能性の
高い処置を施し、

それによってさらに
ダメージを大きくしていくのです。

例えば、

前期破水→分娩誘発

というお定まりのコースが、

毎日至る所の病院で展開されています。

その一般的な風景は以下のごとくです。

鈴木美哉子著

『お産するからだの自然ー女性の持つ
「産む」という能力を活かした出産』

という本から、

一体験者の声を引用します。

「1人目のお産は、
総合病院の分娩台の上だった。

前期破水と言う事から、
白い小さな薬を飲まされ、

点滴を打たれてベッドで
横になったまま痛みに耐え、

分娩台に移ると激痛が
次から次へとやってきて、

それはもう気絶寸前の痛みだった。

あれは、陣痛なんかじゃない。

薬によって起こされた、
自然を破壊する痛み。

幸い、子宮破裂こそ免れたものの、

お腹の子は自分の生まれて来ようという
意思ではない陣痛の為か少しも降りて来ず、

子宮の中で苦しめられた挙げ句、

心音低下のため吸引をかけられ、
さらに鉗子で引っ張り出された。

その痛々しい頭の形と傷を
私も夫も生涯忘れはしない。

それから、分娩台の上で
受けた一連の処置も、

二度と思い出したくないほど、
悲痛なものだった。

ひどい傷の為、その日の夜は
寝返りさえも打てず、

それでも唯一我が子の誕生した
事が心の支えだった。

果たして子供を産むという事は、
こんなことなのだろうか。

息子は難産のせいか黄疸が強く、

一緒に退院できないかもしれない
と言われ、

私は毎日息子を抱きしめ、
顔中ぐしゃぐしゃにして泣いた。

…まだまだ細かな事を
あげたら切りがないほど、

とにかく、病院でのお産は、
私と息子の心と体をズタズタにしたのだ。」

お産の場所の安全性の順位は?

これが実情なのです。

近いうちに、医師も病院も

現状のままではやっていけなく
なるでしょう。

こうした情報は徐々に広がって行く
と思います。

すでに、例えば病院務めの
助産師や看護婦の中には、

その安全性の限界を感じ、

自分のお産の時には病院を
避けるという傾向がでてきています。

ちょうど、農家の人たちが
自分たちの作った農薬漬けの
農産物を食べなくなっているように。

もちろん再三再四言っているように、

最終的にはあなたの考えで
あなたの責任において決断するべきです。

しかし、何を信じるかは、

あらゆる角度から最もベストなお産の
あり方を検討するべきではないでしょうか。

さて前回まで、病院でのお産のあり方を
順を追って検討してきました。

その結果、病院での通常のお産は
かなり不適切な方式でなされている、

という事が分かってきたと思います。

病院というのは、

あくまで健康的な母親にとって

通常のお産をする場としては
あまり相応しくないようです。

少なくとも現在の一般的な
病院は自然なお産をさせてくれる
ところではないのです。

ではどうすべきでしょうか?

最近ではこうした情報は

先進的な母親の中では気づいて
きている人も多いようです。

病院が自然なお産をさせてくれる
場所ではないという事は、

近年になり少しずつ
明らかになってきています。

産科医療の現状と問題点に
敏感になる人は増えています。

そう言った病院を否定
する人たちの選択肢として

次に考えられるのが

「助産院」という場所です。

一般の人たちがなぜ病院に
身を任せるのかと言えば、

身の安全が保障される
と思い込んでいるからです。

病院の中でも、規模の大きい
大病院ほど安全性が高い
と考えられています。

また、小さな個人病院は
大病院ほど安全ではないにせよ、

助産院よりは遥かに
安全だと思われています。

その助産院よりもさらに危険で、
安全性に問題があるのが自宅

というのが一般的な考えでしょうが、

本当にそうなのでしょうか?

実は順番は逆なのではないでしょうか?

そこで次回からは
助産院でお産をするという選択肢、

そして

一般の人の頭の中にある

大病院>病院>助産院>自宅

という安全順位が真実かどうか
じっくり検討していく事にしましょう。

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