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赤ちゃんの新生児室へ隔離、病院出産の母子分離のデメリット


今回のテーマは、

赤ちゃんの新生児室へ隔離、
病院出産の母子分離のデメリット

について紹介します。

さて今回は、

病院出産における

いわゆる分娩第三期と
呼ばれる新生児ケアでの

最大かつ最悪の問題について
いよいよ紹介していきます。

私自身が感じる最も不可解な
病院での措置であり、

自然な出産に対する冒涜だ
と感じる部分なのですが、

ほとんどの病院では、

赤ちゃんが産まれるとすぐ、

へその緒を切断して母体と切り離します。

そして直ちに別室に運び去り、

あれこれと検査という名目で
赤ちゃんを突き回します。

その挙げ句、赤ちゃんの行き着く先は

「新生児室」

と言う名の隔離病室なのです。

その間、赤ちゃんは

母親にほんのちょっとだけ
近づけられるか

胸の上に置かれるのみです。

新生児室は、隔離病室なので、

病院のスタッフ以外の人が
勝手に出入りする事ができません。

たいていの病院では、

家族などの面会は面会時間のみ、
ガラス越しに見つめるのみであり、

お母さんであっても授乳は三時間
ごとの授乳時間に限定されています。

母親でも面会はガラス越しに
という病院も少なくありません。

自然なお産という観点から見て、

母子分離…というのは

これほどまで異様で奇妙な処置は存在しません。

赤ちゃんの新生児室へ隔離する理由

産まれたばかりの赤ちゃんを
急いで分離し隔離するのは、

もちろんそれなりの理由が
あっての事です。

ひとつに母親と赤ちゃんの双方の
検査や医療措置がやりやすくなること。

そして、細菌感染を予防するため、

また、赤ちゃんたちを一括して保護し
管理することができることです。

主としてそう言うメリットが
病院側にあるという事、

そしてこれまでの一貫した
テーマの一つですが、

病院側のメリットは
母子へのデメリットになります。

病院側にしてみれば

こうしたメリットこそが母子の安全を
守ると言う理由になるという訳です。

母親の方は、
まだ後産が残っていますし、

切開した会陰を縫い合わさなければ
ならないし、

導尿をしたり、血圧を
測定したりしなければなりません。

一連の措置が済んだら、

疲労しきった体を
休ませなければなりません。

赤ちゃんと一緒にしておいてのでは
明らかに支障をきたします。

赤ちゃんの方も、

色々な処置をしたり、

様々な測定や検査を
したりしなくてはなりません。

それに清潔な新生児室に置いておく方が、

感染症予防の為にも得策と
思っているのでしょう。

疲れきった母親のもとよりも、

管理の行き届いた新生児室に
寝かしておく方が、

何かと便利で安全というのが
病院側の考え方です。

(本当は経営目的の効率化
が主理由でしょうが)

赤ちゃんの隔離は大きな弊害がある

確かにこうした理由を
説明されれば、

産婦側は納得するしかありません。

そう言うものなのかと
受け入れるしかありません。

ところが、

ひとたび病院という視点を離れて
みた時、様相は一転するのです。

どれほど以上かに少しずつ
気づかされるのです。

これまでの記事をしっかり読んでくれた
人は分かってくれると思うのですが、

本来、自然な成り行きのお産の世界では、

母子分離の必要性は一切なく、

母親は産まれたばかりの
赤ちゃんを抱いたままでいて、

何の不都合もありません。

胎盤は自然に出てきますし、

会陰を縫い合わせる必要はありませんし、

導尿の必要もありません。

とりたてて検査の必要もないですし、

すぐに眠る必要もありません。

病院で産婦に不自然な処置をするから、

それに引き続いて、様々な余計な
処置が必要となってくるのです。

自然の成り行きでは、

赤ちゃんに対しても、特にこれと
言ってなすべきことはありません。

測定も検査も不要です。

アプガースコアなど
何の意味もありません。

感染症への予防も別段
必要ありません。

する事と言えばへその緒の
処置くらいのものですが、

これも必ずしも必要ではないですし、

切断するにしても急ぐ事ではなく、
母子一体のまま済ますことが出来ます。

病院出産の母子分離のデメリット

結局、母子分離による
病院側のメリットは、

病院という環境に特有の
メリットにすぎない訳であり、

母子にとっては脅威の
デメリットとなってしまうのです。

感染性の危険を回避する
という母子分離の理由も、

病院という場所に特有の問題です。

様々な菌の保菌者が集まり、

タチの悪い細菌やウイルスの多くが
病院を根城にしているのです。

従って、細菌感染の危険に関しては、

新生児室に赤ちゃんを
隔離してみても、

何の問題解決にもなっていません。

むしろ危険は増すばかりです。

新生児室について

産科医の雨森良彦さんは
以下のように述べています。

「いかに消毒や減菌をしようと、

新生児室勤務者の四六時中の
完全な無菌下は不可能である。

免疫的に不完全な新生児にとって
安全な”人”は母親のみである。

母親以外は全て感染源たりうる
と言っても過言ではない。

新生児を不特定多数の”見知らぬ人”
にさらすからこそ感染が起きるのであり、

多数を一カ所に集めるからこそ
<流行感染>が発生するものである。

それぞれの持ち主・母親のそばに
置いておけば、

少なくとも流行はあり得ようはずがない。」

また新生児室が異常な電磁波に
さらされていることも

指摘しておくべきでしょう。

ましてや保育器の中ともなれば、

ほとんど電磁波の巣
というべきものです。

そのうえさらに黄疸治療の為に蛍光灯の
電磁波を浴びさせられたりするのです。

アメリカのロバート・ベッカーは
以下のように警告しています。

「新生児の脳は、

”プラスティック”

であると呼ばれている。

この時期の脳は、急速に変化しながら、

新しい神経細胞同士の連結や配置が
出来上がっていくからである。

この時期に置いて脳が
異常な電磁波にさらされると、

神経細胞の異常なつながりができたり、

或は元に戻るような解剖学的な
変化が起きてしまう事がある。

知能の遅れ、そして予想もできない
ような乳児の突然死という現象などと、

関連がある恐れがある」

新生児室に赤ちゃんを
ひとりぼっちにおいておくのは、

あまりに危険なことなのです。

母子の愛情の絆が失われる瞬間

確かに愛情は数値化できません。

精神のダメージは
検査では分かりません。

だからこそ病院では

数値化できない事項は無視し、
数値化できる事項のみに固執します。

しかし、、

普通に冷静に考えれば分かるはずです。

新生児にとって体重や身長を
無理矢理計る事なんかより、

愛情を感じる方が遥かに大切なはずです。

心を持つ我々は直感的に
分かるはずです。

出産というのは算数ではないのです。

母子分離のデメリットは、

たいへん大きなものがあります。

それは、産科医たちの想像は遥かに
超えるものと言わねばならないでしょう。

まず、産児は、

肺呼吸が上手くできません。

リズムが掴めないのです。

そこで産児は、自らの呼吸を
母親の呼吸に同調させる事によって、

呼吸のリズムを確立して行くのです。

したがって、生まれたての
赤ちゃんはなるべく長く

母親にくっついている事が
大切になります。

母子の分離は赤ちゃんの
呼吸を混乱させたままにします。

そして呼吸の混乱は
精神の混乱にも繋がります。

それも将来にわたってのです。

ストレスに弱く、弱気で
不安に苛まれ、勇気の持てない、

不安定な子供、そして青年、
大人へと繋がる、

最初の弊害が、

母子分離による呼吸の混乱
とも言えるでしょう。

哺乳類や鳥類では、

一般に、出産直後の一定の時間が
母子の絆作りに決定的な意味を持っています。

母子を分離させたまま
一定の「臨界期」を過ぎると、

母子の関係は生涯にわたって
破綻してしまいます。

例えば、

山羊やヒツジは、出産直後の
数分間を母子分離させただけで、

もはや母親はその子を
自分の事は認めなくなります。

そして愛情を受けずに
育ってしまった子供も、

肉体的な障害を持つ
ケースが多くなるのです。

もちろん人の場合、
それほど単純ではありません。

が、ある程度類似した
傾向が潜在しているはずです。

自信の持てない母と子供の要因

高度な脳を持つと言われる
私たち人類も、

同じ哺乳類として、

生涯にわたる破綻…

とまでは行かなくても

絆の脆弱性をもたらす要因には
なるでしょう。

人であっても、出産後の数分
ないし数時間が、

母子関係の基盤作りに極めて重要な
意味を持つ事は明らかになりつつあります。

この「臨界期」を温かい懐に抱かれて
過ごさなかった赤ちゃんは、

生涯にわたって人間関係の基盤が
脆弱なままになってしまう
かも知れないのです。

母乳保育の面でも、誕生直後の
授乳をするとしないとでは、

たいへん大きな差が出てきます。

母親のお腹に乗せられた産児は、

自らの力でおっぱいを探し当てて
吸い付きます。

このときの達成感が生きる
自信となります。

これは生涯にわたる糧となるでしょう。

後になって取り返しのつく事
ではないのです。

母子分離ですぐに
赤ちゃんを抱けない母親は、

母親の自覚を感じにくく、
母乳が出なくなる恐れもあります。

母乳育児の破綻は、

たいていここに端を発している
と見られているのです。

新生児室へ隔離の精神的デメリット

赤ちゃん自身のこうむる精神的な
ダメージも計り知れないものがあります。

人の赤ちゃんは、出生時は
肉体的には極めて未熟でありながら、

既に高度な知性と
完成を備えて産まれてきます。

その精神は、

か弱いその肉体以上に
繊細で傷つきやすい状態にあります。

もし生まれたての赤ちゃんを
(物理的に)乱暴に扱うならば、

それによって赤ちゃんは
肉体的なダメージ以上に、

精神的なダメージを強く
受けてしまうでしょう。

この病院出産のデメリットこそ、

これまで自然な出産を選択
してきた人たちの

最大の病院を避けたい理由
でもあるのです。

デーヴィッド・チェンバレン
『誕生を記憶する子どもたち』

に収められている
催眠状態での再現では、

分娩前から出生後にかけての、

赤ちゃん自身の思いが語られています。

分娩時の乱暴な扱いに対しては
以下のような思いが語られているのです。

「お医者さんがわたしの
こめかみに手をかけようとする。

手を離してちょうだい!

そんなふうにされたくない。

そんなふうにされるなら中へ戻りたい。

わたしは自分の力でやりたいの、
邪魔しないで欲しい。

触って欲しくなんかない。

第一そこが押されて痛いじゃないの。

長引くかもしれないけど、

自分でやった方がずっと気分が
いいに決まっている。

お医者さんはいやに乱暴。

早く片付けてしまおうとしている。

そんなに引っ張らないで、
首が痛いじゃないの!

そんなにわたしの体をこね回さないで。」

こんなふうに手荒な出迎えを受けて、

これから赤ちゃんは素直に
この世を生きて行こうと

ポジティブな気になれるでしょうか?

これからこの世界を楽しんで生きて
行こうと言う気持ちになれるでしょうか?

恐らく絶望感から人生は
始まってしまうのです。

母子分離された赤ちゃんの思い

さらに出生直後の
赤ちゃんの思いは以下のごとくです。

「ライトが明るすぎてまぶしい。

腕をバタバタさせる。
今足がでてきたところ。
泣いている。

お医者さんがわたしを誰か女の人に渡した。

とても寒い。

周りは知らないものばっかりで、
凄く怖い。

お母さんの声も聞こえないし…

もうお母さんにくっついていられない、

だから凄く怖い。。

ハカリに乗せられた。

凄く冷たくて泣いてしまった。

だけど誰も気にしてくれなかった、
みんな自分の仕事にかまけてて。

色々な事をされて、
すっかり混乱してしまって、、

みんな不愉快な事ばっかり。」

また別の赤ちゃんは

分娩室はものすごく明るい

ボクは泣いている。
完全に怯えてしまって。

凄く寒い。それに足を持ってさかさまに
ぶら下げられているのが、たまらなく嫌だ。

クソ、あの医者!

僕をぶら下げて叩きやがって!

だけど何をされたって、

悔しい事に、
僕はただ泣く事しかできない。」

さらに別の赤ちゃんは、

「みんなが変なマスクで顔を隠している。

いやな感じだ。

さかさまにされた。

それからお尻をぴしゃぴしゃ叩かれる。

ギャーギャー泣いたら
ちゃんとした向きに戻してくれた。

逆さまにされるのなんて大嫌い!

台に乗せられた。
見た事もない凄く変な台。

こんなところにくるんじゃなかった」

生まれたての赤ちゃんの
心は不安でいっぱいで、

とても傷つきやすいのです。

母親から少し離されるだけでも、
赤ちゃんは恐怖に怯えてしまいます。

まして、新生児室に隔離
されたりした赤ちゃんの

不安と孤独はいかばかりでしょうか。

母子分離の将来に及ぼす悪影響

チェンバレンさんの本には
他にこうした記述が見られます。

「わたしの小さなベッド。
寒いし頭の後ろが痛い。

寂しい。不安。震えが止まらない。

見捨てられたような気がする、
新生児室にひとりぼっちなんて、、」

また別の子の場合、

「小さなベッドに寝かされている。

置いてけぼりにされたみたい。

…とても悲しい、だって
ひとりぼっちにされて、

誰も抱いてくれないんだもの。
わたしはひとりぼっち。」

また別の子は、

「寒い、一体わたしの
なにがいけないというの。

いったいどうしたら
振り向いてもらえるの。

でも無理ね。みんなわたしなんか
どうだっていいんだもの。

わたしは余計なものなんだわ
(ため息)」

さらに別の子は

「なんにも見えない。
なんにも聞こえない。

ただ眼を開けてじっとしているだけ。

わたしは長い長い間、
こうしてじっと待っている。

待っている…でも何も起こらない。」

新生児室に隔離された赤ちゃんは

永劫の時間を絶対的な孤独と
不安のうちに過ごさなければなりません。

それはまさに

「絶望」

というに相応しい心境でしょう。

産まれてすぐそんな心境にさせられた

赤ちゃんの心が無傷でいられる
はずはありません。

赤ちゃんは生涯癒える事
のない傷を負うでしょう。

トラウマ、精神的な傷は、

必ず肉体にもダメージを与え続けます。

「絶望」はやがて例えば
ガンとなって現れるかもしれません。

暴力や自傷と言う行為に現れる
かもしれません。

こうした心理的な外傷(トラウマ)が
形成される過程も、

催眠状態での再現に現れています。

M・ゲイルブリエル『胎児は語る』
(ヒューイ陽子訳、潮文社、1994年)

によれば、母子分離で
隔離された赤ちゃんの心境は
以下のようなもの言います。

エミリーは元気に産まれました。

ところがすぐに母親
から引き離されてしまいました。

「わたしはひとりぼっちで寂しい。

誰も来てくれないのではないかと不安です。

わたしにはどうする事もできません。

両親と一緒にいられると思ったのに、
みんなどこかに行ってしまいました。

不安で、孤独で寂しい。

だんだん腹が立ってきました。

じゃあ、もう人に頼らない。

パパやママに思い知らせてやる。

自分が惨め。
悲しみで胸が張り裂けそう。

パパやママと一緒にいられて嬉しい。

でもわたしが喜んでいる事を
知られないようにしよう。

この悲しみをどうしても捨てきれない。

悲しさの方が本物のような気がする」

こうして、両親と一緒になれたときは、

新生児の心には既に癒しがたい傷が
深く刻み込まれてしまっているのです。

大人になっても、エミリーは、

「ひとりぼっちで、誰とも絆で
結ばれていないという悲しみ」

を抱き続けているという事です。

これらの記述を

「疑似科学だ!インチキだ!」

と一笑に付して忘れるのは

のは簡単です。

もちろん科学的にこうした事象が
証明されていないのは百も承知です。

が、同時に否定もされていない
という事も理解する必要があるのです。

可能性は常にあるわけです。

赤ちゃんへの対応が大人になっても
精神的に影響すると言う理屈は、

正しいのか間違っているのか分かりません。

しかし、、

愛情と言う形のない眼に見えないものの
影響を軽視しては行けません。

心を素直にして考えてみれば、

赤ちゃんの心のケアが大切
というのは誰もが感じるはずです。

動物学、心理学、真のお産学

など様々な角度から見て

赤ちゃんの新生児室へ隔離する
母子分離と言う行為は

絆を壊す可能性が極めて高いのです。

そしてその影響は生涯にわたるのです。

そんな世界が現代の常識である事にこそ
私たちは恐怖を感じるべきでないでしょうか。

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コメント

  1. 白石 勧 より:

    大変興味深く読ませていただきました。
    私は自閉症の研究をしています。

    自閉症は刷り込みの障害だと考えています。
    私は団塊の世代ですが、自閉症の子どもに会ったことがありません。
    当時は、産婆さんが来ての家庭出産が普通でした。
    近代医療と新生児室が普及してから、自閉症が広がりました。

    自閉症の原因と予防、というホームページを書いています。
    覗いてみてください。

    • admin より:

      白石勧さま、コメントありがとうございます。
      脳の発達と出産環境には必ず影響があるはずですが、現代社会の風潮ではなぜか軽視されている気がしますね。微力でも情報発信を続けて行きたいですね。今後ともよろしくお願いします。

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