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新生児誕生直後の身体検査、計測、アプガースコアの目的と弊害


今回のテーマは、

新生児誕生直後の身体検査、
計測、アプガースコアの目的と弊害

について紹介します。

病院で産まれた赤ちゃんは、

誕生の直後から、様々な
測定や検査の対象となります。

これも常識として何の疑問を
持たずに受け入れる親が多く

「うちの子は体重○○グラムだった!」

といつまでもその数値を
覚えている人がほとんどです。

もちろん我が子の成長の礎となる
大切な数字である事は間違いありません。

ただ、、

多くの人は気づいていませんが、

実際にはこうした測定や検査には
多くの弊害、そして罠があるのです。

新生児は、産まれてすぐに

心拍数が計測され、

呼吸、筋緊張、反射性、皮膚の色

などが観察されます。

これらは

「アプガースコア」

として採点、記録されます。

(通常生後1分と5分に実施されます。)

そして点数の低い赤ちゃんは、

「新生児仮死」と評価され、

特別なケアを施されてしまいます。

こうなれば更なる医療介入の
餌食となります。

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アプガースコアの目的と弊害

アプガースコア(Apgar score)

というのは、

出産直後の新生児の健康状態を
判定する目的で制定された、

1952年に、アメリカの医師である
ヴァージニア・アプガーさんが
導入した新生児の評価方法です。

彼の名前であるApgarと

検査項目が

Appearance:皮膚の色
Pulse:心拍数
Grimace:刺激感受性
Activity:筋緊張
Respiration:呼吸状態

という頭文字をとった
小気味の良い検査法です。

5つの項目について検査採点され、
その点数の合計点を出されます。

その点数によって産児を

「正常」と「仮死」などに
振り分けるのですが、

確かに点数化されれば、

いかにも客観的な評価のように
感じてしまいます。

が、実はその採点自体に客観性や
厳密性があるわけではありません。

例えば、

呼吸や反射性の採点基準として、

泣いたり咳をしたりと言った
反応が目安とされます。

けれどもこうした反応は、

赤ちゃんの置かれた環境や
精神状態によって

大きく左右されます。

穏やかな心境の赤ちゃんは
穏やかな反応を示します。

ところがその穏やかさは、

スコアの上ではむしろマイナスの
要素となってしまうのです。

赤ちゃんの数値化は百害あって一利無し

中には、見た目の印象だけで
いきなり10点満点とか8点とか、

いい加減に採点してしまう
ズボラな医者もいるようです。

しかし実際には、

そのような直感的な採点の方が、
よほど正確な判定となり、

赤ちゃんの為にもなります。

神経質な医師に判断され
「異常」にされれば、

新生児が不要なリスクを負う事
になりかねません。

とにかく、点数に
一喜一憂する必要はありません。

もとより点数など付ける
目的、必要性はないのです。

産まれたばかりの赤ちゃんを身体検査、
計測などでつつきまわしたりするより、

無事産まれてきてくれたならば
優しく見守ってあげるべきでしょう。

この世界に生まれて少しずつ
環境に慣れてもらえるように

赤ちゃんが安らかに新しい
生活を始められているかどうか、

優しく見守ってあげるべきです。

我々現代人が病的なほど
周りの目を気にして、

誰かからの評価に固執してしまう理由は

誕生してすぐのアプガースコアなど
不要な点数化による

基準づけから来ているのかもしれません。

もちろん、赤ちゃんの呼吸などに
異常があるような場合であれば、

それなりの措置を講じる必要はありますが、

稀なケースを除いた、ほとんどの
誕生直後の新生児にとって

検査は百害あって一利無しです。

新生児誕生直後の身体検査、計測の弊害

病院ではまた、

アプガースコア以外にも、

体重や身長、頭囲、胸囲などを計測し、

口や関節や性器などの
異常の有無を身体検査します。

これらの測定、検査も、

誕生直後の赤ちゃんにとって
非常に良い迷惑になります。

身長一つ測るにしても、
赤ちゃんは足を伸ばせないのです。

それを無理やり強引に伸ばして
計ってみた所で、

一体どれだけのメリットが
あるというのでしょうか。

身長が○○センチ、
胸囲が○○センチ、

などと正確に知って
何が分かるのでしょうか?

見た目に異常がなければ、
それで善しとするべきです。

体重も同様で、

体重は赤ちゃんを専用の
体重計に乗せて計ります。

赤ちゃんは嫌がって泣こうとしますが、
泣いてはいけないのです。

その理由はなくと数字が変動するから…

そこまで正確な数字にこだわって、
一体何の意味があるのでしょうか。

医師が新生児の体重に固執する理由

医師や助産師が赤ちゃんの
グラム数にこだわるのは、

一つ目的があります。

それはグラム数によって

誕生直後の新生児を
以下のように分類するからです。

1000グラム未満…超低出生体重児
1500グラム未満…極低出生体重児
2500グラム未満…低出生体重児
4000グラム未満…巨大児
4500グラム未満…超巨大児

このうち、一般に問題となるのは、

「2500グラム未満」

という数字です。

この数字はWHO(世界保健機構)
が定めたものです。

「2500グラム未満」

ですから、2500グラム
ぴったりであれば該当しません。

が、1グラムでも足りなければ

「低出生体重児」の
烙印を押される事になります。

(※「未熟児」とは違います)

低出生体重児は特別な
ケアと監視が必要とされます。

そうなれば母子にとっての悪夢、
母子隔離となってしまいます。

さらに、誕生7日以内に

「低体重児出生届」

を居住地の保健所へ届け出
なければなりません。

体重に個性があってはいけない?

なぜ「2500グラム」
なのでしょうか?

それはもちろん、

WHOが欧米のデータをもとに
機械的に決め、

日本の病院医学が無批判に採用した
数字だからです。

もとより、これはあくまで欧米を
基準とした便宜的な数字にすぎません。

しかも、それはまっとうな食生活を
してきた健康的な産婦が産んだ子供の
数字ではありません。

平たく言えば、

体の小さな日本人には
相応しくない数字です。

ちなみに、アメリカの赤ちゃんの
出生児体重の平均は3400グラムほど

日本の赤ちゃんは3100グラムほどです。

男女差もあり、何番目の
子であるかによっても差が出ます。

だいいち、

体重などは個々人の問題です。

小柄な母親の元に誕生した新生児は、
たいてい標準より小さめでしょう。

恐らく父親の大きさは
あまり関係ないと思われます。

真っ当な食事を通じてきた
健康な産婦の赤ちゃんであれば、

さらに軽量になる傾向もあります。

その赤ちゃんは標準よりずっと健康なはずです。

それをただ少しだけ基準化された
グラムの数値にだけ届かないからと言って

「異常」のレッテルを貼ってしまい、

余計な介入があったり
母子隔離をしてしまえば、

その後の、健康レベル
性格や愛情にまで大きな弊害を生む
可能性を増やしてしまうのです。

そう考えれば新生児誕生直後の
身体検査、計測の目的には

弊害の方が大きいのです。

これも病院による余計な不要な介入なのです。

目的は母子隔離という地獄?

マクロビオティックという
養生法に基づいて

多くの妊産婦を指導した
桜沢如一さんという方がいます。

彼は産児の体重について

「目方は五、六百匁がよろしい」
(2000グラム前後)

と指摘しています。

病院によっては、

2500グラムに足りないという
理由だけで、赤ちゃんを保育器に
入れてしまいます。

するとどうなるでしょう。

ここである母親の体験記が
大変参考になります。

「産まれた子供は、2460グラムで
少々体重が足りませんでした。

そのため、二日間ほど、
保育器に入っていたのですが、

なかなか体重が増えないので、

結局、三週間も子供だけが
入院する始末でした。

その間、はじめの一週間は、
手で絞った母乳を30~50ccほど
哺乳瓶に入れて、

夫に病院まで運んでもらいました。

あまり母乳のでがよくなかったので
そのくらい絞るのが精一杯で、

粉ミルクに6割近く頼っていました。

その後の二週間は、私が母乳を
与える為に通院する毎日で、

とにかく、体重の事ばかり
心配でたまりませんでした。

三週間して、ようやく2700グラム
になり退院できたのですが、

それからもしばらくは、体重の
事にかなり気を使っていました。」

なぜなかなか体重が増えないのか?

なぜ母乳が出にくいのか?

なぜ子供だけが入院するのか?

すべて病院の不必要な介入が原因です。

グラム数に振り回されて
赤ちゃんを母親から隔離するなど、

馬鹿げた話しです。

問題は体重の数字ではないのです。

新生児の「健康」なのです。

その判断は、人の直感がいちばん
優れているはずです。

それも他人の左脳偏重の
お医者さんではなく、

親がいちばん分かっているはずです。

それを根拠の乏しい勝手に決められた
数値にほんの少し満たないだけで、、

末節に振り回されて本質が見えなく
なる事は、最も愚かな事です。

赤ちゃんが健やかでありさえすれば、

体重などどうでもいいのです。

わざわざ誕生直後に身体検査、
計測をする必要すらないのです。

体温なども同様です。

病院での体温はお尻の穴に
肛門器を差し込んで計ります。

赤ちゃんがそんな事を喜ぶ
はずがありません。

体温がどのくらいであろうと、
問題ではないのです。

見た目に不快そうでなければ、
それで善しとするべきなのです。

身体検査、計測はこれからも続く、、

残念ながら、、

新生児誕生直後の身体検査、計測、
アプガースコアの算出…

が終わってからも病院での
測定や検査は続けられます。

何日か後には、

「ガスリー検査」(ガスリー法)

のために、

赤ちゃんのかかとに
針を刺して血液を採取します。

もちろん赤ちゃんは大泣きします。

理由も分からずに突然皮膚に痛みを
覚えれば、泣き出すのも当然です。

この時期は痛みをまだ
学習していません。

そんな時期に不可解な
痛みを学習してしまえば、

将来どれだけ痛みに弱い
子供に育ってしまうことでしょうか。

トラウマとして一生抱える
可能性も否定はできません。

極めて残酷な手法ですが、
ほとんど無意味な検査です。

それどころかさらに、

病原菌を植え付けられる
可能性すらあります。

この検査でテストするのは、

この世界に無数に(何千種以上)
存在する先天性の代謝異常のうち、

比較的対処されやすい
7種類だけが発見できます。

その他の異常の大部分は
発見しても打つ手がありません。

しかも、いずれも
極めて稀なケースの異常です。

この検査で引っかかる
赤ちゃんは極めて少数です。

もちろん、低確率でも
万全を期して調べると言う

選択肢を持つかどうかは
親の責任で決めれば良いのですが、

知らないまま受けるのでは
あまりにも犠牲が多いのです。

その小さな確率の検査を
犠牲にして多くのものを失います。

そもそも、先天性の代謝異常の多くは
遺伝性(ほとんどが劣性遺伝)
とされています。

ならば両親を検査すれば分かるはずです。

まだ無防備な赤ちゃんに
針を刺す必要性はありません。

新生児を計測する目的と弊害

そもそものそもそもそもが、

他の遺伝病と同じくそうした
遺伝子決定論にも大いに疑問があります。

近年では遺伝子と病気を直結させる
研究がもてはやされていますが、

病気の発症というのは
それほど単純なものではないでしょう。

先天性の代謝異常も

その発症は両親と子供の「生活の質」
に深く関わっていると考えられます。

万病の原因はほとんどが実は
遺伝よりも生活習慣でしょう。

つまり、

真っ当な健康生活さえしていれば、
発症の確率はさらにずっと小さい

極めてゼロに近い可能性であるはずです。

もちろんゼロではありません。

でも冷静に考えてください。

何万人、何十万人に一人
という希有な病気について、

全ての赤ちゃん全部に懸念するというのは、
得策ではないはずです。

最近の医師は母子の目を
まったく見ない人も増えています。

全ては数字だけは判断し、

それに適した処置を施すだけ、、

こうした傾向は徐々に
あらゆるステージで見られます。

成績という数値に縛られ
才能を活かせない子供、

お金という数字に縛られ
幸せの本質を見失う大人、

これらのすべての要因はもしかしたら
出生時から始まっているのかもしれません。

いずれにせよ、

自然なお産を目指すにあたり、

異常な徴候でも現れない限り、

ゆったりと構え、おおらかに
赤ちゃんに接するべきでしょう。

まずは自分自身の健康を守り、
赤ちゃんの健康を守るのです。

健康な生活をする方法も
このサイトでは全て紹介します。

こうしてみると、

病院で実施されている
新生児誕生直後の身体検査、計測は、

ほとんど無意味なものばかり
と言わざるを得ません。

無闇に「異常」を懸念するよりも、
赤ちゃんを優しく見守ってあげれば、

それで十分なのです。

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