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出産の点滴、導尿の理由と弊害、身体が動けない事の痛みや問題


今回のテーマは、

出産の点滴、導尿の理由と弊害、
身体が動けない事の痛みや問題

について紹介します。

病院での分娩は基本的に
治療、手術なので、

それに相応しい措置をとります。

それが自然なお産の形からどんどん
離れていく結果となるのですが、

「点滴」「導尿」など

患者の身体に管を通して
おくのもその一環です。

人の生理現象を無視して、

勝手に自動的に

栄養を入れ
尿を排出する…

それが果たしてお産に本当に必要なのか?

この弊害や問題について
今回は考えていきましょう。

出産で点滴をされる本当の理由

点滴の管というのは、

腕の静脈に刺し込まれて、固定されます。

点滴には、基本的にブドウ糖や
生理的食塩水が用いられます。

ブドウ糖は一種の栄養剤で、

自ら栄養を補給できない患者の体力と
意識のレベルが共に下がったようなときには、

ある程度威力を発揮します。

もちろん人類の知恵が生んだ
素晴らしい発明でしょうが、

寝たきりで意識がない場合、

食べる事も飲む事もままならない…

そう言う場合、確かに
点滴はありがたいですが、

妊婦さんはそう言う立場でしょうか?

食欲もあり、自分で食べることも出来ます。

多くの人が医師の言われるがまま
点滴を刺される事を受け入れますが、

点滴の本当の狙いは

「栄養補給」

とは別のところにあります。

点滴は薬剤を投与する為に行われるのです。

点滴の管にはブドウ糖以外に
様々な薬剤を投与する事ができます。

管が静脈と繋がっていれば、

必要な薬剤をいつでもすぐに
投与する事ができるのです。

その為に、

常時「血管確保」しているのです。

いつでも薬剤投与をできる環境

このことを逆に言えば、

血管確保されている限り、

患者は常に薬剤投与の危険に
さらされている、

とも言い換えれます。

「これから○○剤を打ちますよー」

という本人への確認もなしに、

本人の知らぬ間に、

子宮収縮剤抗生物質などの
投与を受けている事も

珍しくありません。

ときどき出産経験者に、

「私は病院出産したけど
子宮収縮剤とか打たれなかったよ」

と、のんきに言う人もいますが、

その場合は、

点滴から勝手に投与されていた
だけのです。

さらに分娩室ではなく、
陣痛室にいる段階から

既に点滴を付けさせる病院も
少なくありません。

まさに、

薬剤投与のチャンスを虎視眈々と
狙っているようにも見えてしまいます。

(まるで病院側に入る
チャリーンチャリーンという
お金の音が聞こえてきそうです..)

もちろん、

医師や看護師さんたちとしては、

必要な処置を必要なときに
講じようとしているのでしょう。

母子の為にマニュアルに
従っている訳ですが、

システム全体を見ると大いに疑問です。

出産における点滴の必要性と問題

何度も言いますが、

お産は「病気」ではないのです。

あくまで「生理現象」なのです。

なぜ薬品をわざわざ使う必要があるか
現代人はもう少しこの点をしっかり
考えなければ行けないでしょう。

もちろnあらかじめ異常な事態が
予想される産婦の場合には、

血管確保もそれなりに
価値がある事も理解できます。

母体の健康状態が著しく
低下している場合は、

確かに医学的な処置も必要でしょう。

しかし、とりたてて健康問題のない
産婦にまで管をさす事に、

一体どれだけの意義があるのでしょうか。

この血管確保に疑問を持った

まつしま産科小児科病院

という病院では、産婦中心の
ケア改善に取り組んできました。

その一環として、

それまで全例に実施されていた
点滴のための血管確保を、

必要な場合にのみ実施する
という取り組みを行ったそうです。

その結果、血管確保の
必要性が自ずから見直され、

そして日中はもちろん、夜勤帯でも、

血管確保をほとんど行わなく
なってしまったそうです。

通常の分娩には、

いかなる点滴も必要ありません。

喉が渇けば産婦さんは

自分で水でもジュースでも
自力で飲む事ができるのです。

そしてもちろんいかなる薬剤も不要です。

少なくとも、管から静脈に流し込まな
ければならない薬剤など無用なのです。

血管確保自体にも
重大な「副作用」があります。

皮膚と血管に穴を空けるのですから、

そこから細菌やウイルスが
侵入する危険が生じます。

また、経験のある人なら
よくわかるはずですが、

管を付けると実に不快です。

発熱をもたらす事があります。

しかもブドウ糖の点滴は、

患者の痛みの感受性をいたずらに高めます。

点滴で身体が動けない事の痛みとストレス

またブドウ糖の投与はまた赤ちゃんを
低血糖症へ導く恐れもあります。

さらに、点滴のチューブなどから有害な
化学物質が母体と胎児に流入します。

それがお産を終えた後の
母子の健康問題にとって

大きな影響を与える事になりかねません。

こうした重大な事実を
医師はあまり深く考えていないようです。

それよりなにより

点滴をしていれば、

自由に動く事ができません。

身体が動けない事の痛みや問題

これは分娩にとって致命的な
マイナス要因と言わなければなりません。

分娩というのは本来、

一種の全身運動なのです。

分娩の過程において、

産婦は全身を思いのままに動かす
事によって、

分娩に最適の状況を作り出していくのです。

ところが、

仰向けの姿勢で管を血管に
突き刺したままでは、

産婦の動きはひどく拘束されて
しまいます。

この拘束は、そのまま、

分娩そのものの拘束に
繋がらざるを得ません。

点滴をする事が、

点滴を必要とするような
事態を招き寄せるのです。

世界保健機構(WHO)の

『正常出産のケアー実践ガイド』

でも、静脈への管の挿入を

「明白に有害もしくは
無効でであって排除すべき慣行」

の一つに挙げています。

お産にとって、

点滴は天敵と言うべきでしょう。

出産における導尿の理由と弊害

そしてしばしば、

点滴とセットにして
病院出産で実施されるのが

「導尿(どうにょう)」です。

これは、尿道口から膀胱まで管を
刺し込んで尿を排出させる為の措置です。

導尿をしておけば、

産婦の膀胱を常に
空にしておく事ができます。

分娩が長引いたとしても、
お漏らしをする心配がないように

という理由で尿道に管を
刺されるのですが、

確かに病院側からすれば
便利なように見えます。

しかし、これも冷静に考えれば
不自然すぎる事が分かります。

そもそも導尿が必要になるのは、

産婦を分娩台の上に
寝かせたままにしておくからです。

自由に動ける状況であれば、いくらでも
自力で排尿する事ができるのです。

点滴に管に加えて
導尿の管まで刺し込まれては、

産婦さんはますます
身体が動けないようになります。

こうして分娩はますます
拘束されていくのです。

そのうえさらに、

分娩鉗子装置の電極とコードをお腹
の上に巻き付けられる事もあります。

まさしく三重苦、、

なんだか機械やロボットのような
気持ちがしてきますし、

痛みやストレスも加わります。

恐らくそれは
胎児に伝わってしまいます。。

病院側の少しのメリットと
産婦側の大きなデメリットを

天秤にかけてもらえれば、

点滴や導尿の不要性が
分かってくれると思います。

導尿の弊害と問題を軽視してはいけない

とにかく病院出産というのは
人体の自然な流れを阻害する措置で
溢れてすぎています。

産婦さんは陣痛だけでも
大変なはずなのに、

管やコードなど余計な物で
縛り付けられて、

喘ぐ事になるのです。

見方を変えればこれは
一種の拷問のようにも見えます。

点滴、導尿で身体が動けない
拘束された状態で

痛みに耐えなければいけない…

この拷問は、

分娩をいっそう妨害し、

母子を危険に陥れる
リスクを増やしてしまうのです。

そして導尿はまた、

そうした精神的な問題だけでなく、

肉体的な問題も引き起こしかねません。

細菌感染のリスク
かなり高める行為でもあります。

管で尿道口や尿道を
傷つける事も少なくありません。

その結果、尿道炎や
膀胱炎を引き起こしてしまいます。

もちろん導尿そのものが、
大変不快なものです。

そして痛みが「かなり」増えます。

胎児によって尿道が圧迫されているので、
管の挿入には相当な痛みが伴うのです。

デリケートな肉と肉の間に
硬い管が挟んであって、

そこを圧迫されたら…

想像を絶する痛みとなるでしょう。

また導尿は大変に
恥ずかしい物です。

以前も紹介した
アンケート調査の結果でも、

お産で一番恥ずかしかった事に

「導尿」を挙げた人が

一割にも達していたのです。

導尿もまた有害無益と
言わざるを得ない代物なのです。

見方を変えれば病院というのは、

肉体的、精神的に自由を奪われた
奴隷のような状態で出産をする場所

ということも言えます。

いいえ、、

自由に食べられない…排泄できない…

というのは奴隷よりひどい状況かも知れません。

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