出産は分娩台で仰向けは普通か?分娩室での恐怖と痛み等の問題


今回のテーマは、

出産は分娩台で仰向けは普通か?
分娩室での恐怖と痛み等の問題

について紹介します。

このテーマでは何度も
紹介しているのですが、

本来は「生理現象」
であるはずのお産が

現代医療では「病理」の一つ
のように考えられており、

その為の弊害が数多く指摘されて
いるのです。

今回考えたいのは

「分娩室、分娩台」です。

産婦が運ばれる分娩室は分娩用の
手術室です。

寒々とした無機質の密閉空間に、
様々な医療機器が配置されています。

こんな部屋にぽつんと一人いれば

まるで自分が生死の境をさまよう
救急患者かのような錯覚に陥って
しまいます。

緊急用の器具がむき出しになっていて、

さらに恐怖感を煽ります。

そんな中に、産婦はただ一人で、
裸同然で

半ば「監禁」されるようなもの、

いやがおうでも緊張させられて
しまうのも無理はありません。

これでリラックスして
お産をするのはかなり難しいです。

自然なお産の世界から見れば、

分娩室は異様かつ安全なお産に
不利益な場所のように感じます。

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産婦の寝心地は考慮されるのか?

そんな分娩室には、

煌煌と寒い色の蛍光灯が輝いています。

局部に向けてはさらに
強い照明が用意されています。

これにかつてない恥辱や苦痛を
感じてしまう産婦さんも多いようです。

自然なお産の世界、
プライベート出産では、

部屋の明るさには細心の注意を払い、
調整します。

これは母子どちらにとっても
非常に重要なことです。

強い照明の物理的影響と
こうした心のストレスが重なり、

間違いなく分娩の進行を
抑制してしまうでしょう。

分娩台は分娩用の手術台です。

彼ら医療従事社にとっては勝手知ったる
慣れきった場所かもしれませんが、

一般人にとっては違います。

手術台は、医師らの行う
医療行為にとって

都合のいいように作られており、

分娩台もまた、

医師や助産師の行う医療行為にとって
都合のいいように作られております。

まったく妊婦側に
都合良く設計はされていないのです。

分娩台は、ベッドではないので、

「寝心地」などは考慮されていません。

分娩台の最大の目的は、

様々な産科的な処置を施しやすい
形に患者を寝かせる事

なのです。

そもそも最近の妊婦さんたちは

出産=仰向けと言う姿が
常識化しており、

それ以外の姿を
イメージする事すらありませんが、

ここでその姿が本当に自然か?

一度冷静に考えてみて欲しいと思います。

分娩台の狙いは、

患者の陰部を完全に露出させる事であり、
その陰部を完全に露出させる形こそが、

分娩台の上で仰向けに寝て
膝を開いて曲げた姿勢なのです。

これはまた、胎児の心音を
最も聞きやすい姿勢でもあります。

分娩台で産婦に与える恐怖と痛みと苦痛

患者は、固く冷たい台の上で
仰向けになり、

腰を高くし、両脚を広げて
足台に乗せます。

そのひっくり返されたカエルの
ような形のまま、固定されます。

陰部をさらけ出して固定された状態では、
当然産婦に強い羞恥心を起こさせます。

それだけでなく、不快と緊張、
不安や恐怖、屈辱感など

多くのストレスを
産婦に与えてしまいます。

それが胎児にどのような影響を与える
でしょうか。

またそのような状態のまま、

産婦は平均3時間あまりの
時間を分娩室で苦しまなければ
ならないのです。

そしてひとりぼっちでおかれた
と思った矢先、医師や助産師や
看護婦に取り囲まれます。

それどころか、

大学病院や指定病院では、

学生や研修医たちの教材として観察
される事も珍しくありません。

ある病院出産の体験記を
記した著書によると、

分娩台について以下のような
感想が記されています。

「見た感じ、金属の冷たい硬い
感じがして、

『こんなのにのるんだ』

と少し怖くなった。

分娩台は足をのせるところが冷たいし、
寝るところも硬いし、苦痛である。」

「恥ずかしさには目をつぶり、
清水の舞台から飛び下りる気持ちで
分娩台に上がった。

もうあの分娩台には上がりたくない
と思っている。」

「分娩台はいきむのに
とてもつらい体勢だと思う。

固くて、たとえ出産でなくても
あんな居心地の悪いベッドは
他にないと思う。

今でもテレビで分娩台を見るとゾッとする。

電気イスみたいなイメージ。」

『私たちのお産からあなたのお産へ
ーアンケート493人の声よりー』
(ぐるーぷきりん編、メディカ出版、
1997年)より引用

母子に強いストレスを与える姿勢

自然なお産であれどんな種類の
お産であれ、

産婦の受けるストレスが
健康的なお産にとって

決定的な障害となるのは明白な事です。

精神と身体とは一つの物です。

今どき精神と身体は別の物と考える人は

頭の固い医者以外には
ほとんどいない事でしょう。

「心身一如」

という言葉がありますが、

これは心と身体は一つの物の
両面という意味です。

怖い、恥ずかしい、痛い、つらいなど

精神的なストレスは、

直ちに肉体に繁栄します。

産婦が心を硬くすれば、
その身体も必ず硬くなります。

そしてそれは自分だけでなく
胎児にも影響するのです。

自然なお産を妨げるのは、何よりも
この硬直した心と身体なのです。

硬直した産婦は、自ら
産道を閉ざしてしまいます。

硬直した心身こそ、
安産の最大の敵なのです。

ストレスは内分泌に働きかけて、

子宮の収縮を抑制します。

また、子宮への血行を減少させ、
胎児への血液の供給を妨げます。

これによって、

子宮の痛みだけが増大し、

胎児は酸欠状態に陥ってしまう
リスクも増えます。

分娩室の分娩台は、

物理的な面からも
生理的な面からも、

自然な分娩に逆らっています。

母子への悪影響になる要素が
多すぎるのです。

しかし病院出産では、

(医師が見やすいから)

分娩台で妊婦に仰向けの姿勢を
とらせます。

これを「仰臥位(ぎょうがい)」
と専門的には言いますが、

この姿勢は先程述べたように、

分娩にとって最も不適切な形です。

自然の動物界を見回してみて、

わざわざ仰向けで出産をする
動物がどこにいるでしょうか?

仰向けで出産するととにかく痛い!

この仰向けの姿勢、仰臥位の問題点は、

胎盤の血流が抑制され、胎児が
容易に酸欠状態に陥るという事、

さらに母体は、

胎児が重力とともに下降しよう
とする圧力の刺激を失い、

自発的な晩出力が
発揮されなくなります。

骨盤もなかなか開きません。

陣痛が強まらない代わりに、
痛みだけは強くなります。

お腹の重みが腰の仙骨にかかって
神経を圧迫するからです。

この痛みは分娩をいっそう
抑制してしまいます。

地球上どの民族にも、

仰向けに寝てお産をする
という伝統はありません。

日本でも、昔は寝てお産をする
と頭に血が上って死ぬ

と言われていました。

仰向け出産という病院出産の常識は、

ここ数十年~100年くらいの
浅い歴史の非常識なのです。

そしてこの痛みや問題の
対処はどのようなものでしょうか?

そうです。

お気づきのように薬物です。

分娩台の上で分娩が進まないと、

分娩の促進を図る為に、

医師は陣痛促進剤、子宮収縮剤を
投与せざるを得なくなります。

痛みを軽減する為の彼らのロジックは、

鎮痛剤を投与する事です。

分娩台に乗る事のお産のリスク

このような薬剤の使用は、

分娩の不自然な成り行きをいっそう
不自然な方向へねじ曲げてしまいます。

その方向には、さらに
強引な医療技術の適用があり、

母子はますます窮地に追い込まれます。

分娩台の上では、

赤ちゃんが産道をある程度
降りてきても、

なかなか発露(頭部が露出したまま
になる事)にまで至らないことが
少なくありません。

これも仰向きという自然法則の関係で、

赤ちゃんの出てくる方向が
重力に逆らっているからです。

赤ちゃんがなかなか出てこないと、

医師は吸引器や鉗子を用いて
強引に引っ張り出します。

また、頭が出やすいよう
会陰を切開したりします。

分娩台の上で分娩すると、

しばしば会陰が不均等の伸び、
大きく避けてしまいます。

その裂傷を防ぐ為にも、

病院ではあらかじめ
会陰切開を行う事も多いです。

さらにまた、

分娩台の上の仰向けで仰臥していると、
後産で胎盤もなかなか出てきません。

出血も多くなります。

そうした問題に対処する為、

ここでまた子宮収縮剤など
薬品を投与する事になるのです。

なお、仰臥位で分娩した場合、

母親は母乳の分泌量が
少ないという指摘もあります。

分娩室の分娩台で出産は普通か、異常か?

こうして、

分娩室の分娩台の上に乗る事は、

恥ずかしさ、寂しさ、
恐怖、痛み、苦痛…

といった心の問題だけでなく、

数多くの医療的介入の必要性の
リスクを高める物です。

しかし、分娩台は通常の
普通のお産にはまったく必要
ないものではないでしょうか。

ここで、、

分娩台の上に乗る事は、

分娩の主体を病院側へ
あけ渡してしまう事を意味します。

ここから主体を妊婦側に
取り戻す事は無理なのです。

ここまで来れば、

どんな不合理な処置も甘んじて
受けざるを得なくなります。

だからこそ、

分娩台で後悔しないよう、

あらかじめの知恵を
付けて欲しいと願っています。

分娩台こそ、病院での不自然な
お産のシンボルと言うべき物です。

その上で仰向けになって下半身を
さらす事は、

産科医療への全託、
全面的な服従を意味します。

そこで産婦は、

いわば産む人から、産ませられる
対象物へと変身してしまうのです。

まるで工場や研究所で
機械のように生産される家畜

とイメージが重なってしまうのは
私だけではないと思います。

もちろん、

こうした不満が広まるにつれ、

近年では、上半身をある程度起こせる
ような分娩台も普及し始めています。

これも勇気ある先人が声を上げたから
こそ、変化した結果でもあります。

しかし大きな変化は望めません。

勝手に角度を変えられる訳ではなく、
足はやはり固定されたままです。

医療者としてはなるべく
患者を寝かしておこうとします。

角度を変えられない台より
痛みや怖さはマシとしても、

産婦を上向きに縛り付けておく
台である事には変わりありません。

分娩台は分娩を困難にする物です。

他人のサポートを借りるべき、

多少のリスクを背負った妊婦にとっても、

むしろそれならなおさら、

分娩台に乗るメリットはないはずなのです。

さらに数多くの妊婦が
過去に乗ってきたことは、

危険なウィルスや細菌の
巣窟であることは、

多少洗浄技術があるとしても、

考慮に加える事も忘れては行けません。

自然なお産の観点から見れば、

産婦はなるべく分娩台には
乗らない方が良い、

これこそが至極真っ当な
意見だと思うのです。

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