エネルギー医学のパイオニア「ハロルド・サクストン・バール博士」

新しいエネルギー医学の
パイオニア的存在と言える科学者が

ハロルド・サクストン・バー

でしょう。

バー博士は1915年にエール大学で
博士号を取得したのち、

1929年にエール大学医学部教授となりました。

1933年には、解剖学の名誉教授となり、

40年間その職を務めました。

彼の初期の研究テーマは、
神経系の発達で

1916年から35年までの間に

このテーマの論文を20本近く
発表しています。

1932年にバーが始めた研究が、

病気の発症における、電気の役割
を調べるためのもので、

これはかなり重要な研究にも関わらず

多くの賛否両論を呼びました。

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神経系の発達を研究していたバー博士は、

動物の形態が決まって行くメカニズムが
ほとんど良く分かっていない事に気づきました。

遺伝子を扱う、分子生物学は
生体の構成要素が作られるしくみを
明らかにしたのですが、

要素を組み立てて、生物全体を
完成させる設計図については、

全く手つかずの状態と言っても
過言ではないのです。

分子生物学での新発見に
多くの科学者が沸きたつ一方で、

生命の設計図は依然として
謎のままなのです。

バーには教え子や共同研究者が
多数いたのですが、

その中には第一線の科学者や
後に頭角を現す学生も多数いました。

バーが発表した論文は
全部で93本にものぼり、

彼の刺激を受けた共同研究者たちは
100を超える論文を発表しています。

ちなみにバー博士には自らの
研究をまとめた著書もあります。

『Blueprint For Immortality: The Electric Patterns of Life』
不死への設計図:生命体が放つ電気エネルギー

1932年から、1956年にかけて、

ハロルド・バーさんが行った
エネルギーに関する研究は、

当時の主流医学や、生物学
から枠が超えたものでした。

その時代は、X線や薬物治療による
診断技術が格段に進歩を遂げていた頃です。

抗生物質の発見によって、
感染症が制圧され、

医学業界、行政も

「1錠で全ての症状が消える薬」

の開発に向かって、
まっしぐらに進み始めた時期です。

一見この時期の科学や医学は

次々と進歩しているかのように見え、

一般大衆もその進歩に酔いしれていました。。

そんな時代において、

生体エネルギーについて、
バーさんの優れた仮説が登場したものの、、

バーさんの仮説は、分子が代謝エネルギーを
保存あるいは放出するプロセスの一つに過ぎない…

と生化学の枠の中に
押し込められてしまったのでした。

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