機械論と生命論の意見の対立

人間というか弱い動物は、古代から

目に見えない自然の威力に
底知れない恐れを抱いてきました。

そしていわゆる霊能者と
呼ばれる人や宗教的指導者が

人々から崇められたのは、

誰も知らないことを「説明」したり
天体現象を「予言」したり
人々の「心」を鎮める能力を
持っていたからではないでしょうか。

なので、そういった意味で実は、

普通は目に見えないものを
「目に見えようとする」

つまり、物事の謎を
解き明かすという意味で、

科学も霊能力者も同じような
役割を果たしているのです。

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しかし、現代の生物学の分野では、

エネルギーと生命の関係において

実りのない議論が400年以上
続いて来ています。

いわゆる「機械論」と「生命論」の対立が
生命の根本から解釈が食い違っており

その基本的哲学の相違が

「感情的」対立に拍車をかけ
多くの学説を生み出してきたのです。

機械論というのは、

生命も科学的および物理学的法則に従っており、
生命のすべてはそれら法則によって説明できる
という仮説です。

一方の生命論というのは、

自然科学の法則には当てはまらない未知の力、
すなわち「生命力」というものの存在を認める
という仮説で、

一般的な物理学では、
生命を説明できないと考えます。

この生命論の概念というのは、

あらゆる文化、民族が古くから
持ち続けている概念であって、

宗教や国、文化が違っていても

人々の生命に対する考え方は
共通であることが分かります。

そして、

やがて「電気」という発見が起きてから、

電気と生命力を結びつけて考える
生命論者が現れ始めるのです。

次回この電気と人体の関係について
くわしく紹介しましょう。

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