素直ないい子は親にとって都合のいい子であり賢い子ではない


今回のテーマは、

素直ないい子は親にとって都合
のいい子であり賢い子ではない

について紹介します。

もしかしたら一般的に
理想的な子供像というのは、

こういう子供なのかもしれません。

「あそこの家の○○ちゃん
はおとなしくて、お母さんの
言いつけもよく聞くし、

とってもいい子ねえ、

本当に羨ましいわ、、

それに比べてうちの子と
来たら最近は口答えばっかり
するようになっちゃって」

「あらそんな事はないわよ。
おたくの○○ちゃんだって、

勉強はできるし、活発で
明るくていい子じゃないの」

お母さん同士の立ち話などで
よく耳にする会話です。

素直で親や先生の言うことを
よく聞く子供=いい子

と言う式が定着しているようです。

しかしアドラー流心理学で言う、

賢い子供というのは、こうした
子供を指すわけではありません。

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素直ないい子は親にとって都合のいい子

昔から大人や親が
子供に対して何らかの評価を
交えて話しをする時には、

必ず「いい子」という言葉が
使われます。

考えてみればこれも
ずいぶん漠然とした言葉で、

良い子の定義や内容は
実に人様々なのですが、

何となくひとくくりにして
済ませているようです。

確か昔テレビで

「良い子、悪い子、普通の子」

という人気番組がありましたが、

こうした言葉の曖昧さをつき、

そこに少し誇張した色々な
具体的なイメージを設定する事によって

思わず笑いを誘うと言う
ちょっと面白いものでした。

しかし、曖昧ではありますが、

ごく普通に考えれば、

親にとってのいい子は、何でも
良く親の言う事を聞いてそれを守り、

あまり口答えをする事のない
従順な性格で、

しかも学校の成績が良いと言う

模範優等生的なこの事をさすのでしょう。

つまり、親にとって都合のいい子

ということです。

これはこのテーマで紹介している
アドラー心理学流の賢い子ではありません。

言うことを聞かない子供は賢くない?

これは親だけでなく学校の教師
にとっても同じ事であって、

私も学校によく行って先生たちとの
付き合いが多いので分かりますが、

まず先生たちの言ういい子とは、

自分の言う通りに振る舞って
いる子のことなのです。

授業中の態度は真面目で
反抗的な態度をとる事もなく、

そして成績がよければもっといい、

その上クラスのみんなの人望があり、

リーダーシップをとって
クラスをまとめてくれるような
性格であれば言うことなし、

こうなればさらに
二重丸がつく事になります。

先生の言うことをよく聞くこ
=いい子、良い生徒、

しかしこれも言うならば、

先生に都合の良い子のことです。

いい子=頭のいい子であり、賢い子ではない

だからいってしまえば
素直ないい子というのは、

「大人にとって都合のいい子」

のことなのです。

しかし子供の側に立ってみて考えた時

それが本当にいい事かどうかは
別の話しでしょう。

例えば

「なぜ?」

と疑問を投げかけることは
賢さを鍛える思考力を発達させます。

親:
「勉強しなさい!」

子供:
「なぜ勉強するの?」

親」
「テストでいい点数を取るためよ」

子供:
「なぜいい点数を取るの?」

子供のなぜなぜ攻撃に

ここでたいていの親は
キーッと感情的になり

「いいから勉強していればいいの!」

と押し付けてしまいがちです。

素直な子であれば

「勉強しなさい」

と言われれば、素直に
勉強するかもしれませんが、

「なぜ?」という考える力を
放棄しているとも言えるのです。

育てやすい子が良いとか、
言う事を素直に聞く子が良いとか

いいますが、

それはもしかしたら本当に
良い事ではないかもしれません。

いつまでも親の言う事を
素直に聞く子は、

例えば主体性がなくて
付和雷同的な性格なのかもしれないし、

そんな子が社会へ出て行っても

とても立派に成功するとは
思えません。

いい子ほど将来、挫折しがちな傾向が

また真面目に勉強する
優等生であっても

自分の頭で物事を
考えてこなかったために、

大学へ入ってから突然
自分の進むべき方向を見失い、

訳の分からない新興宗教に
染まってしまうなんて言う例は

まだ耳目に新しい事実です。

こうした都合のいい子とは反対に、
小さい頃はガキ大将で、

大きくなってからも
親の言う事はろくに聞かず、

学校では何かと教師と対立し
落第してまで、

「あいつは言う事が大きい」

などと陰口を叩かれていた子が

社会で実際に大きな仕事を
成し遂げたりする事はよくあるのです。

そろそろ「いい子」という
言葉を安易に使うのは、

やめた方が良いかもしれません。

幼少期の親の「いい子」と言う
レッテルが子供の可能性を
狭める可能性があるのです。

親の都合でいい子の定義を
押し付けてしまえば、

「いい子」の型にハマり
そこから出れなくなるかもしれません。

例えば、

小さな子供に何か頼んで
ちゃんとやり終えたときでも、

「いい子ね」というような人格に
対する評価の褒め言葉を使わずに、

「ちゃんとやってくれて、ありがとう」

と行為に対する感謝の気持ちを
伝えてやれば良いのです。

子供はそれで十分満足するし、
嬉しいのです。

いい子とか悪い子とかいう
人格的な評価は、

子供が大きくなり
自主性が目覚めてくるにつれ、

子供にとってはうっとうしく
不愉快なものになってきます。

それはある意味で人間
としての成長の証ですから、

十分尊重しなくてはなりません。

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