人助けの心理に見る社会は助け合いで成り立つ事の意義や意味

人助けの心理に見る社会は助け合いで成り立つ事の意義や意味
今回のテーマは、

人助けの心理に見る社会は助け合い
で成り立つ事の意義や意味

について紹介します。

当たり前ですが、

人は一人では生きていけません。

つまり共存こそが私たち
人間が生きる上で大切な
キーワードになると思います。

ここで日本の有名な募金、
赤い羽募金に反対している人がいます。

その理由は、募金をするのが嫌…
という訳ではなく

「募金をしましたよ」

という印に赤い羽をつけるのが
嫌だと言うのです。

本来、日本人には人知れず人助けを
すると言う美徳があったはずで

それをことさら、

善意をひけらかすことはない
という主張も分かるような気がします。

私自身、駅頭で、ずらりと並んで
募金お願いします、

という大きな声につい
負けてしまいそうになりますが、

私も、例えば、

レストランや喫茶店やスーパーに
おいてある募金箱に

誰も見られないように、
ポケットの小銭を入れる方が好きです。

ここで募金の是非を問いたい
訳ではないのですが、

こうした人助けの心理から
様々な事が見えてきます。

そして子育てのヒント、
子供の教育の考え方を見いだす
ことができるのではないでしょうか。

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人助けは自分のため?人のため?

こう言うケースが、
新聞にも良く掲載されています。

溺れそうになった
子供を衣服のまま飛び込んで助け、

駆けつけたお母さんに渡すと

自分は名前も名乗らずに
立ち去った青年とか、

匿名で毎年一万円ずつ、
施設に寄付している人とか
そういう話しです。

それが、世間に知られるのは
助けられた人が、言うからであって、

助けた人が

「私はこう言ういい事をやっています」

と名乗り出る事はありません。

それほど大きな事でなくても、

例えば電車でお年寄りが前に立つと

黙って席を立って隣の車両に移ってしまう
姿を見る事もよくあります。

「助けたのは私だよ、だから感謝しなさい」

という心理的な態度は、

助けたとしても、決して
賢い助け方ではありません。

助けるのは自分が満足するために
助けているのではなく、

相手が助かるために助けるのです。

だから、助けた方が
助けた事を自ら吹聴したら、

嫌みになって、誰も
感心しなくなります。

美談くさくて気持ちが悪い
と言われかねません。

社会は助け合いで成り立つ

ですから助けた人は
そっと黙って消えるのがいいのです。

賢い人間は、

ことさら「助けたのは自分だ」
などと思わないものです。

だから、たまたま
助けた事が分かってマスコミ
などに囲まれると、

困惑した顔をするのは、
当たり前の事をしただけなのに
と思うからでしょう。

考えてみれば、
困っている人が目の前にいれば

助けるのが、人間として
当たり前の行動です。

虚栄心を満たす心理で
人助けをするのではありません。

自慢する事でも何でもありません。

彼が助けたのは、偶然そこに
居合わせたからに過ぎないのです。

例えば、

道で転んで怪我をした人に

「救急車を呼んでください」

と言われて断る人がいるでしょうか。

「今、この人を助けたら、
明日新聞にデカデカと載るかもしれない。

テレビキャスターも大勢来るかもしれない、
そんなときはなんと答えようかな」

などと考える人はいないでしょう。

自分本位の意義や意味で
人助けをする人はおかしいでしょう。

豊かな社会での助け合いの意義や意味

私たちは一人で
生きている訳ではありません。

けが人や溺れた人を
助けた事はなくても、

様々な人が、様々な人を助け、

助け合って日々の生活を送って
いるのです。

だから、みんながやっている事を
たまたま、少し目立つやり方で
やっただけの事です。

回り回って皆助け合う事が
豊かな社会での助け合いの意義でしょう。

そして情報化の現代は、
その規模は世界にまで広がり、

さらにそのネットワークの
密は複雑になっていくでしょう。

そして豊かな社会を生きる
私たちはもう一度考えてみる
必要があるのかも知れません。

電気だって、電気を発明した人がいて、

それを送ってくれる人がいるから
明るい生活が送れるのだし、

携帯電話もパソコンも

考えてみれば、一度も
あった事もない人に助けられて
便利な生活を享受しているのです。

コーヒーや紅茶も生産している
人がいる事を考えると、

まだ行った事もない国の人々と
不思議な縁でつながっている事を感じます。

そういう意味で言えば、

やはり人生は様々な支えがあって
今の生活は成り立っているのです。

こう考えれば助け合いで
成り立つ事の意義や意味も
思考が深くなるものです。

それはお互い様で
私たちが会った事もない、

遠い国の人々を助けている場合も
あると思います。

だから、赤い羽募金のように、
チャリティーをアピールする行為に
反論も生まれるのでしょう。

もっとも、売名行為と言う
そしりを受ける事を承知で、

自分が有名である事を
利用してチャリティーショーを
催す芸能人もいます。

とは言え、彼らの
日頃の謙虚な話し振りを見れば

自慢げにやっているのではない
という事がよく分かるので、

それも賢い助け方といっても
いいかもしれません。

やり方にこれという正解が
ある訳ではないのですが、

こうした場面にもIQやEQは
現れるのかも知れません。

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