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日本と米国ニューヨークの子供の教育の違いに見る知識偏重の害


今回のテーマは、

日本と米国ニューヨークの子供の
教育の違いに見る知識偏重の害、

について紹介します。

何度かこのサイトで言ってきましたが、

人間の、子供の才能が伸びるか否か?

遺伝や生まれつきの性格
よりむしろ環境が大きいです。

そして各家庭でどれくらい
教育に熱心かどうかという
個別の違いがあるだけでなく、

文化的な違いもありますから、
この辺りの違いを見るのは興味深いです。

米国ニューヨークにある

ニューヨーク日本人教育審議会
交流文化センターの

コーディネーターとして
活躍している

キャッツ・邦子さんは

日本とニューヨークの子供の教育の
違いを以下のように語っています。

現地の小学校に入学した
子供たちが一番戸惑うのは、

授業中のディスカッションの
多さだと言います。

日本では授業中生徒は
ほとんど黙って聞いていて、

むしろ喋らない方が良い
という空気が蔓延していますが、

アメリカの学校では
あるテーマについて

図書館で調べたり、
実地の調査にで掛けたりして

リポートにまとめて発表したり、

新聞記事について、
ディスカッションしながら意見を
まとめるなど、

自分で考え、説明させる
授業がほとんどだと言います。

インプットだけでなく
アウトプットを教育として重視します。

知人の高校生になる息子もアメリカへ
一年間の留学をしていたのですが、

ときどき、現地の新聞に
載っている記事が

日本ではどういう風に取り上げられている
のかと聞いてこられるのに閉口した

と、両親は言っていました。

国際電話をかけてくるので、
高い電話料にも悩まされたと
苦笑していました。

これも日本人らしいユニークな
展開をしたかったのでしょう。

日本とニューヨークでの子供の教育の違い

グローバル社会とは言え、

まだまだ島国である日本は
伝統的なやり方を守る傾向があります。

アメリカと日本の学校教育では
成績の付け方も違うそうです。

米国ニューヨークでは絶対評価ですから
人と比べる事がないそうです。

一方で日本のお母さんは
子供が百点を取ってきたとき

「それで百点は何人いたの?」

平均点などを聞くのも、

日本の成績のつけ方が
相対評価だからではないでしょうか。

本当は、子供が何番目だって
いいはずですし、

百点が何人いてもいいはずです。

得意不得意があって良いはずです。

しかし日本の成績評価の仕方は
進学にも関わってきますから

「つい百点は何人?」

ということになるのでしょう。

受験で受かる人が決まっている以上、
自然と競争に巻き込まれます。

なぜこのような話しを
引き合いに出したかと言うと、

ニューヨークの教育のやり方の方が、

子供が得た知識を活かす方向に
向かっているように思うからです。

日本はどちらかと言えば、
知識を入れること自体が
ゴールになっている傾向があります。

もちろん、

日本の教育が完全にダメで
ニューヨーク、アメリカの教育が素晴らしい

という話しではありません。

それぞれにメリット
デメリットがあります。

しかし、知識偏重に偏った
日本の教育にも問題はあります。

知識偏重と知恵重視の教育の違い

日本の子供たちは、

識字率は100%に近く、
文盲の子供はほとんどいません。

これは素晴らしいことです。

しかし、教師から一方的に
与えられた知識を保持しているだけで、

それを活かして使っていないように
思えてならないのです。

キャッツ・邦子さんは、

日本の子供たちに
通訳してあげるから、

日本語で言いたい事を
言ってごらんと言っても

困った顔をするばかりだった
とも語っています。

恐らく、英語が喋れないから
おとなしいのではなく、

自分の意見をまとめる事に
慣れていないのでしょう。

アウトプットする脳の回路が
出来上がっていないのです。

私は以前のページで

繰り返し、知識を持つ事よりも、

知恵を働かせる事が
できる方が賢いのですとか、

体験を通じて学ぶ事で
賢くなるという話しをしました。

ただし勘違いしてほしくないのは、

知識はどうでもいい、持つ必要はない
という意味ではありません。

概して、知識の豊富な子供は臆病で、
失敗おをそれるという傾向はあるでしょう。

そういういみで
ニューヨークの子供の教育は

知恵を伸ばすために
有利という事は間違いないでしょう。

子供への教育、知識偏重のメリット

しかし、知識のない所には
知恵も働かないのではないでしょうか。

いくら知恵のある子供でも、

小学生の算数の知識がなければ、

因数分解を解く事はできません。

漢字が読めて、
本からの知識を得なければ

新たな文化を築く事もできません。

だからこそ、

日本式の知識を詰め込む教育も
悪い訳ではありません。

だからこそそのバランスをとり
融合していくのが大切ではないでしょうか。

知識と経験が合わさり知恵になります。

そして知恵こそが人生を
豊かにするカギになるのです。

賢い子供はこのように、

既にある知識を十分に
利用する事ができるのです。

先人たちが発見してきた
公理や定理をどんどん応用して

新しいものを作っていく事ができるのです。

そういう意味で、
知識も必要になるという訳です。

例えば、

挨拶をきちんとできる子供は
賢いかと言えば、そうとは言えません。

人間関係を円滑にするために

挨拶が必要だと考えるのは、

知識の分野であって
知恵の分野ではないからです。

私が知恵、知恵とつい言ってしまうのは、

知識を授けておけば、
子供は幸せになると考えている
大人が多いように思うからであって、

決して知識は要らないと言っている

分けではないという事が
お分かりいただけたでしょうか。

そう言った意味でも日本と米国
ニューヨーク、子供の教育の違いから
様々な事が見えてきます。

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