ケンカの仲裁の方法と相手の意思を尊重できる子供の育て方


今回のテーマは、

ケンカの仲裁の方法と相手の
意思を尊重できる子供の育て方

について紹介します。

人間関係ほど複雑かつ
面白いものはない気がします。

本を読んだり、セミナーで勉強したり、

もちろん知識を入れることは
大切なことですが、

本当に大切な気づきは人付き合いの
中から生まれる気がします。

私はよく、テレビを
引き合いに出しますが、

テレビばかり見ている人間と
思われてしまうかもしれませんが、

本当はあまりテレビは見ません。

ただ、時々映画やドラマを見ます。

テレビドラマには色々な人間模様が
描かれていますので心理学や教育を
考える際の参考になります。

ここで、ケンカの仲裁という観点から
子供の賢さを見ていきたいのですが、

割と古いドラマですが

『ドク』というドラマがありました。

平凡なOLだった主人公が、

ベトナムへ旅行した事が
きっかけで日本語教師を目指す
という話しでした。 

彼女は一生懸命勉強して

念願の日本語教師になり
生きがいのある毎日を送る事になるのですが、

時々失敗しては落ち込みます。

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ケンカの仲裁の方法を間違えると

大抵は生徒との関係です。

その主人公の彼女は
ケンカの仲裁の方法が下手でした。

簡単に言えば、

ケンカ=悪いこと、

と一方的に決めてしまい、とにかく
解決しようとしてしまうのです。

彼女はアジア各国から来た若者たちと
仲間になりたいと思うあまり、

勇み足をしてしまうのです。

アジアの国々ですから

それぞれの人がそれぞれのお国事情を
抱えて日本にやってきてます。

例えば、
韓国の民族問題があります。

考えの違いからケンカをし
始めた二人を仲直りを指せようと、

どうしたのですか、
何があったのですか、

と介入してしまうのです。

当人同士にしてみれば

何も分からない日本の女性に
口出しなどしてほしくないと言う
気持ちなのでしょう。

「先生、関係ない、これ、私たちの問題」

と言って仲裁を拒否します。

ケンカの仲裁は確かに勇気がいる事です。

彼女は、日本語教師として
日本語を教えていればいいのだ

という先輩教師の忠告を無視して、
勇気を持って飛び込んでいこうとするのですが、

それは空回りになるばかりです。

意思の尊重を計るのが上手なケンカの仲裁の方法

もちろんその心構えは
悪いことではありません。

ケンカの仲裁というのは難しいもので、

タイミングを誤ると
ただの御節介になってしまうのです。

彼女は残念ながら、それに
なってしまったと言えるでしょう。

つまり仲裁に入るのが
賢いのではなく

上手に時を見計らって
仲裁できる事を賢いというのです。

ケンカの仲裁の方法が上手くなれば
意思を尊重できる子供の育て方も
うまくなります。

それでは、上手な仲裁の
仕方というのはどういうものでしょう。

それは、まず当事者の
意思を確かめる事です。

ケンカをしている当事者に

「自分が仲裁に入った方がいいか、
それとも最後までやるか、」

と聞いて、

もし「入ってほしい」と
言ったら入ればいいのです。

そして、最後までやると言った後で、

どちらか一方が
やられそうになって

「助けてくれ」とSOSを出したら、

「そろそろ辞めたらどうだ」

と声をかけてやればいいのです。

それが賢いという事です。

ケンカを通じて絆が生まれることがあります。

闇雲に解決して仲直り
させてしまえばその絆を生む
チャンスを潰すことにもなります。

意思を尊重できる子供の育て方

人に何かの手助けをしたり、
援助したり、ケンカの仲裁をしたり
ということは、

基本的に依頼があってはじめて
できることです。

コミュニケーション上手は
複数の視点から状況を見れる人です。

ドラマの日本語教師も、

双方が放っておいてくれ
と言っているのですから、

言う通りにすべきだったのでしょう。

誰も助けてくれと言っていないのに

「そのケンカ俺が買った」

と時代劇かやくざの世界のような
セリフを吐くのが

ただのスタンドプレーに過ぎません。

ただ、ケンカをしているときに

「あいつら勝手にやっているの
だから、自分には関係ない」

と無関心になってしまうのは
もっと良くありません。

ちゃんと見ていて

「必要があれば、
いつでも止めに入るよ」

という事を分からせておいて
あげなければいけません。

子供の教育で言えば、

お母さんはセールスマンではなく
御用聞きになりましょう

という話しがありますが、

それは友人関係においても
通用する事なのです。

賢い行動ができる子供の特徴

それはいつも相手の事を考え、
相手の意思を尊重している
ということになります。

バランスが取れるのが賢さです。

例えば、

どんなに不幸でも、貧しくても、

本人がそれでいいと
言っているのでしたら

それはその人が選択した
自分の人生です。

本人がいいと言っているのに

困っているのだろう、
助けてあげるよというのは、

おごり以外の何ものでもないと思います。

価値観は人それぞれで
価値観の強制はおせっかいです。

ケンカの仲裁などで、
賢い行動のできる子供は

いってみれば、
相手の事を考える事のできる子供です。

相手の意向を聞いてから
行動できる子供ですから、

人にも好かれるでしょう。

こうした観点から教育を考えれば
テストの点数を上げるより大事な
社会での豊かさにつながるでしょう。

ぜひ参考にしてください。

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