知識と知恵、体験から学ぶ事と机上の空論の違いと子供の教育

知識と知恵、体験から学ぶ事と机上の空論の違いと子供の教育
今回のテーマは、

知識と知恵、体験から学ぶ事と
机上の空論の違いと子供の教育

について紹介します。

世の中で頭のいい人たちと言えば、

まず思い浮かぶのは大学教授でしょう。

彼らは「知識」の象徴でもあります。

ではそうした教授先生たちが
皆知恵があり、みんな賢いかと言えば、、

それは保証の限りではありません。

例えば、
子供の教育に関して

欧米などの様々な教育原理や
教育理論に詳しく、

対人関係の心理学なども
よく研究している教授がいます。

しかし、その教授が実際に
子供たちの問題に直面し、

理論通りに上手くやれるかと言うと、
それはまず無理でしょう。

現場の小学校の先生の方が
よほど上手く対処できるに違いありません。

彼らには体験から学んだ
知識と経験があります。

賢さというのは、

本の中、知識の中にはないのです。

むしろ日常的な生活の中にあるのです。

従ってもし大学教授が
子供の教育の実践というテーマに関して

自分の頭の中だけで
知識を援用して何かの論を書いたとしたら

それは賢くはないのです。

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知識よりも知恵こそが賢さの能力

私たちの社会では、

そうした知識を語ることは
必要かもしれませんが、

その知識だけをもとに
机上の空論を立てるのは

愚かなことと言って良いでしょう。

むしろ、幼稚園や
小学校の先生が

長年の自分の体験を通じて考え、

工夫した教育の実践方法を

きちんと述べた理解たちするものの方が
より価値が高いですし、

それは賢さ、知恵の結晶

と呼べるものになるでしょう。

賢さというのは、
現実性がなければなりません。

どんなに賢そうに立派に見えても

現実的でないものは、
本当は賢くはないのです。

例えば、

「いじめをなくすためには
児童一人一人に相手の気持ちを
思いやる心、

相手の痛みを自分の痛みとして
分かる想像力を育てる必要がある。」

などという論は、
もっともなことです。

しかしそれが簡単にできるのであれば、
誰も苦労はしません。

それは現場の先生にとって
相当難しいことです。

1対1で育てている親でさえ、

子供によっては、

そうした想像力を育てるのは
至難のことなのです。

何か自分の体験を通じて

こうすれば相手の痛みが
分かるようになるという

具体的な方法があればともかく、

それがなければこうした論は
まさに机上の空論です。

体験から学ぶ事と机上の空論の違い

賢い人には必ず知恵があります。

その知恵というものは、

人に教わっても身に付くものではありません。

一度自分で体験してみないと、
その意味や効果が分からないことも多いのです。

体験から学ぶものなのです。

例えば、

知恵には科学的なものや
非科学的なものがあります。

昔から伝わる「お婆ちゃんの知恵」
なんていうものは、

非科学的なものが多いでしょう。

天ぷらとスイカを食べ合わせると
下痢をするからよした方が良い

なんていうのは、

合理的には説明がつきません。

しかしもし実際にやってみて
下痢をしたとすれば、

そこで初めてその知恵は
その人のものになります。

だから体験してみることが必要です。

頭の中の知識で
知恵をものにしようとするほど

滑稽なものはありません。

こう言う知恵を経験によって
積み重ねていくと、

世の中は必ずしも知識で
動いているのではないということが分かってきます。

1+1=2になるとは限らず

1+1=3になることもあるし、
1+1=0.5になることもある

ということが体験から分かってくるのです。

それが分かってくるのが
賢い人なのです。

ところが常に1+1=2になると
思っている頭のいい人は

マニュアル化されているのです。

ここぞという時に
賢い言動が取れないのです。

子供を賢く育てる子供の教育上でも
知識と知恵、体験から学ぶ事と机上の空論の
違いについて理解し、

そのバランスを上手く
とる必要があると言えるでしょう。

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