ヨーロッパのハーブ医学の発祥と歴史、キリスト教・修道院の薬草

ヨーロッパのハーブ医学の発祥と歴史、キリスト教・修道院の薬草
今回のテーマは、

ヨーロッパのハーブ医学の発祥と
歴史、キリスト教・修道院の薬草

について紹介します。

ヨーロッパにおけるハーブ医学の歴史は

ローマ帝国の滅亡以降、

中世の暗黒時代になっても
ハーブ医学の伝統は滅びませんでした。

キリスト教の伝播とともに
薬だけでなく経験に裏付けられた
治療法も広く交流しました。

中世の長い時代に
薬草園を作ったり新しいハーブを
導入したりして重要な役割を演じたのは、

主にキリスト教会です。

やがて印刷術が発明されると、
民間医療や各家庭に代々伝わってきた
ハーブ薬と並んで、

それまで修道院に閉じ込められていた
古典時代の知識が一般にも普及したそうです。

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古代イギリスの本草書

ヨーロッパの通俗語(ギリシャ語や
ラテン語ではない各国の言語)

で書かれた本草書は
10世紀前半に書かれた

「ボールドの医書」

が現存する最古のもので、

エルサレムの総主教から
アルフレッド大王に贈られた
ハーブなども収録されています。

当時は

「空中を飛ぶ毒」や
「妖精の一撃」などが

急病や消耗性の病気の
原因と考えられており、

その治療法が数限りなく
解説されています。

サクソン王国時代に人気のあったハーブは、

ウッドベトニー、バーバイン、ヨモギ、
トウオオバコ、ヤローなどのハーブで、

内服薬としても用いられましたが、
むしろ「邪眼」を退けるお守りとして
身につけることが多かったそうです。

「食事、運動、新鮮な空気」

が健康の秘訣という教えだった
ヒポクラテス学派の流れを組む

サレルノの医学校が
10世紀初頭に創設されたのですが、

これをきっかけに
ヨーロッパでは各所に
医学校がつくられるようになり、

やがて医療とハーバリズムは
主に教会の手で行われるようになりました。

修道院には必ず薬草園があり、
キリスト教徒の務めとして
病人の手当てをしました。

ハーブと祈祷が
当時ヨーロッパの治療の両輪で、

初期の本草書には
薬液と一緒に経文を記したものが
少なくありません。

つまり神の助けによって
患者は癒されるのでした。

ヨーロッパのハーブ医学の発祥と歴史、
キリスト教・修道院の薬草から
学べる事も多そうです。

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