自己満足でなく相手のためになる他人への貢献が賢い人間関係

自己満足でなく相手のためになる他人への貢献が賢い人間関係
今回のテーマは、

自己満足でなく相手のためになる
他人への貢献が賢い人間関係  

について紹介します。

人間の関係には
色々と難しい問題があります。

数学の問題のように答えは
一つではないからです。

やり方も答えも一つではなく
たくさんある…絶対的ではなく
常に相対的だからこそ、

常に頭を使わなければいけません。

単純に考えてもうまくいかない
そのうちの一つに、

「人が他者にして何かしてあげる」

という事があります。

例えば、

お金持ちが、貧乏な人や
乞食にお金をやれば「施し」、

先進国が開発途上国に
色々してあげれば「援助」

そういうような事です。

「施し」「援助」というのは
単純に善行と言えるでしょうか?

こう言う事に関しても

当然の事ながら賢いやり方、
賢くないやり方というのがあります。

例えば、
戦国時代の昔ならいざ知らず、

現代ではかえってそうした行為が、
相手のためにならなかったり、

相手から反感を買うような
場合もあるのです。

他人に何かしてあげる場合には

その前にちょっと知恵を働かせる
必要があります。

それが賢い人間関係のコツです。

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自己満足の他人への貢献の意義

例えば、こうした例で
考えて見ましょう。

目に前にものを
欲しがっている人間がいて

自分にものを与える余裕があれば、

つい深く考えずに
与えようとするでしょう。

恐らくそれが人間に基づく心理です。

そして相手が嬉しそうな顔をすれば、

何かちょっといい事をした気分で
つい自分も嬉しくなります。

一見ウィンウィンの良い関係です。

しかしそれは、結果的には
目先の現象のみを捉えた

「小賢しさ」である事が多いのです。

少し時間軸を長くして考えて見ると、

その施しという行為が
相手にとってよかったかどうかは
分からないものです。

例えばこんなひとこまがあったとします。

立派な紳士が道を歩いている時、

みすぼらしい格好をしたホームレスが
歩み寄ってきて

「働こうと思っても仕事がなくなって、
今朝からなんにも食べていないんです。

すいませんが、500円
貸してもらえませんか…」

と言います。

貸してと言っても、
どうせ返す当てもないでしょうから、

これは下さいというのと同じです。

紳士が「はい」といって
500円あげると、

彼はにっこり嬉しそうな顔をして

「どうもありがとうございます。
助かりました」と、

紳士も、いい事をしたと
自己満足を感じ、うなずいて
また歩いていきます。

相手のためになる他人への貢献が賢さ  

ホームレスはお腹を満たせる、
お金持ちは心を満たせる、

一見問題なさそうです。

ちょっと見れば紳士は
人情味ある人のようですが、

紳士の満足は単なる自己満足であり、

こういうのを似非ヒューマニズム
というのではないでしょうか。

相手のためになる小さいレベルで
言えば善意かもしれませんが、

大きな目で見れば、
その人を本当に助け、

活かしている訳ではありません。

多分ホームレスは毎日
そうした行動を繰り返すでしょうし、

もともと働く気がない場合が多いのです。

お金を上げてしまうことで
ますます働く気がなくなります。

それよりもしっかり働いて
自分で稼げるようになった方が、

相手のためになるのではないでしょうか。

人間関係は複雑なものです。

賢い人は、自分が何かを
あげるという事がどういう意味を持つか、

また現実にどういう結果を
引き起こすかについて、
ちゃんと考えます。

自分があげたいからあげる

という単純な発想をそのまま
行動に移す事はしません。

ODAの海外協力に関する
テレビコマーシャルで

こんなものがありました。

ある青年協力隊員が、

アフリカかどこかで困窮している
国に行って、

お腹をすかせた様子の子供たちが
ねだるのでつい物をやってしまいます。

するとその友達が

「やらないで。いま、あなたが
ここで物をあげるのは簡単だけど、

それを彼らに教えると、彼らは
自分で努力しようとしなくなる。

それは決して彼らのためにはならないから」

と諭すという物です。

自己満足でなく、相手のためになる他人への貢献のススメ

「援助」の構図というのは

基本的には金持ちの人「A」が
貧乏の人「B」に与えると言う、

縦の構造になっています。

つまりAはBの上にあって、

与えるという矢印は上から下を指します。

しかしこれに対して「貢献」の構図は
横の構造なのです。

AとBは横に並んでいて
矢印は横を向きます。

「貢献」の具体的な例を挙げると

例えばイスラム教の国々では

特別金持ちでもない普通の人が、
貧しい人や僧侶などにお金を上げます。

それは施すのではなくて

自分の汚れている部分を貰ってもらう、

そういう考えでいるのです。

人のためにではなく、
自分のために、自分の救済の
ためにお金をもらってもらう

だから貰う人も
決して卑屈な態度ではなく、

堂々として威張っていたりします。

これがイスラム教の考え方なのです。

これは宗教的な思想と
結びついた考え方ですが、

仮に宗教ではなくても
賢い人間関係を考える上で、

常に「援助」よりは「貢献」
という視点に立って考えた方が、

賢い行動がとれる事は
間違いなさそうです。

自己満足でなく、相手のためになる
他人への貢献をできる人が
賢い人と言えるのです。

子供の教育を考えるとき、

子供の将来どのような
大人に育って欲しいか、

と考えるときにも、

こうした複数の視点からものを
考えられる力を身につけさせるのは
とても大切になってくるでしょう。

これからの時代はますます
社会は複雑になっていくでしょうから、

ますます重要になってくるはずです。

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