人の事と自分の事、自分と他人のバランス感覚が賢さの鍵


今回のテーマは、

人のことと自分のこと、自分と
他人のバランス感覚が賢さの鍵

について紹介します。

どれだけ素晴らしいものでも
偏ってしまえば、おかしくなります。

これは私たちの人生において
様々な場面で起きる法則といえます。

ある宗教を熱心に信じている人と
知り合いになった女性が

彼女の考えを知りたいと思って

その宗教のことを尋ねたそうです。

すると、返ってきた答えは
「輪廻」という言葉でした。

この宗教を信じていれば、
人は生まれ変わるというのです。

私は違和感を感じました。

もちろん正解は分からないのですが、

もし「人の魂は誰もが輪廻する」
と言えば私は納得していたのですが、

「その宗教を信じていれば輪廻する」

というのは偏った考えな気がしたのです。

オウム真理教が告発され、

これまで内外のあらゆる宗教を
受け入れてきた寛大な国である日本でも、

にわかに宗教評論家が
増えた感があります。

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自分さえよければそれで良い?

それが心の救いになり癒しになり、
人生が向上しているのですから、

何か問題があるわけではありません。

それで盲点も発生している気がします。

単純化してしまえば、
オウムは自己救済の宗教と言えます。

自分の能力を高め、
超能力を身につけよう、

修行によって空中浮遊も
できるようになろうと、

まさに個人的な欲求を満たし、
個人的な救済を目指していると
言えるでしょう。

信者を増やす方法も、

この宗教を信じれば、
救われますよということであって、

みんな一緒に幸せになろうよ
という訳ではないのです。

「自分さえよければ良い、
それ以外はダメ、間違っている」

この原始的な思考があのような
凶悪犯罪につながったような気がして
なりません。

ハルマゲドンが来ても、
オウムにいれば大丈夫ということは

入らない者はどうなっても
良いということです。

自分の事、中心の考え方と言えます。

これが真理かと言えば、私は
大いに疑問を感じます。

心理学的に言っても、

それは賢さとはほど遠いもの
と言って良いでしょう。

自分に偏ったバランスの悪い
考えではないでしょうか。

自分と他人のバランスが賢さの鍵

アドラー心理学では、

賢さは信じることである
という定義の意味は、

宗教を信じると言う
意味は全く違うものです。

個人救済ではなく、

いつも他人、仲間との関係を
問題にしているのです。

人間関係から決して外れない、
これが重要なポイントなのです。

自分が救われることを
求めているのでもなく、

自分が犠牲になることで
他者を救うということでもありません。

人の事と自分の事
そのバランスが大切と説きます。

自分を満たして、他人を満たす、
自分が我慢をして、誰かも我慢する、

とにかくバランスを意識する、
これが賢さに繋がるのです。

このことを、少林寺拳法の
開祖の言葉から説明してみたいと思います。

ある少林寺拳法の先生の話しによれば、

少林寺拳法は本来、

達磨大師がインドから伝えたものですが、

それは、1900年代にほとんどの
指導者を失い壊滅状態になっていました。

戦後、岡山県出身の宗道臣
という人がそれを復活して

日本正統少林寺拳法を始めたのです。

自分のため、そして他人のため

その香川県の本部には
五重塔のようなものがあって、

少林寺拳法の開祖の文章が載っています。

そのなかで

「なかば自分のために、なかば人のために」

という文章が目に留まりました。

それはアドラー心理学の神髄を
表してる言葉だったことに、

本当にびっくりしてしまいました。

もちろん少林寺拳法の開祖が
アドラー心理学を知っているはずがありません。

格闘技と心理学はまったく違う分野です。

しかし、そういうある一つの
頂点を極めた人は、実に良いことを
言うなあと感心しました。

そして、普通の学者の言葉ではなく、

ある道を究めた人の言葉が、

アドラー心理学と一致していることに
感慨を覚えたのです。

自分の勉強して信じてやってきたことが

間違っていなかったと証明されたようで
不思議な喜びを感じたものです。

自分と他人のバランスが賢さの鍵

一芸に秀でた人が必ずしも
賢いということは言えないでしょう。

高学歴の人が賢いわけではありません。

オウムの教祖も、あれだけ
高学歴の人を惹き付けるだけの
魅力があったと言う点で、

秀でていたのかもしれません。

しかし、

本当に一芸に秀でるということは、

恐らく、それがどれだけ
世の中の幸せとつながるのかということに
通じるものだと思います。

自分の才能やスキルが社会に役立ち、
価値を与えるかどうかで決まるのです。

そして大切なのは自分自身もそれで
幸せになれるかどうかが重要です。

「人のために尽くしなさい、
自分を捨てても、人のことを考えなさい」

ということを言う人もいます。

また逆に、

「人のことよりも、
自分のことをまず考えなさい。

それでなければこの世は
生きていけないよ」

と後輩に説教する先輩もいます。

しかし、そのどちらも
賢い生き方とは言えません。

自分のために半分くらい楽しんで、

残りの半分くらいは人のために
とうのがちょうどいいのではないでしょうか。

両極端に走ると危険です。

人のことと自分のこと
どちらも大切です。

つまり、言い方を変えるなら、
自分を全部否定するのでもなく、

全部肯定するのでもなく、

自分が半分くらい幸せを
感じておいて、

残りの半分を幸せの人に分けてあげる
人のために働く、

という中道の感覚、

自分と他人のバランス感覚をいつも
持っていたいということでしょう。

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